「ルンペン」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。
実はこのルンペンという言葉ですが、現在は差別用語とされており、あまり大っぴらに言えない言葉になっているのです。
そんな「ルンペン」が表す意味と、歴史を含めその言葉にまつわる雑学を学んでみましょう。
ルンペンは・・
- そもそも「ルンペン」とは何を意味する言葉なのか
ある人たちのことを意味する言葉だった - どこの国の言葉?
- カール・マルクスとルンペンプロレタリアート
- ルンプロの定義について
- 日本でのルンペンという言葉
- この言葉はどのように広まったのか
- ルンペンって大阪弁?関西弁?方言?
- 放送禁止用語のひとつ?
- ルンペン帽
- ルンペンストーブ
- ルンペン釣り
- ルンペンにまつわる色々な話
- ルンペンの歴史と生活
- ルンペンと山下清
- ルンペンという言葉で画像を調べると?
- 現代のニートとルンペン
- 同じような意味で使われる言葉
- ルンペンという言葉で考えるべきこと
そもそも「ルンペン」とは何を意味する言葉なのか?
ルンペンという言葉が使われていたのは1980年代ころまでと言われており、もう4半世紀以上昔の話になってしまいます。そのため現在の若い方であれば聞いたこともないというのが当たり前です。
まずは約30年前まで日本で一般的に使われていた「ルンペン」が何を指して言われていたのか解説しましょう。
ある人たちのことを意味する言葉だったルンペン
軽犯罪法1条4号で「生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの」と書かれている人を「浮浪者」と言い、それと同じ意味をもつもののひとつが「ルンペン」という言葉です。
類似の言葉を列記すると「乞食」「物乞い」「ホームレス」「失業者」など、どれも良い意味をもたない言葉ばかりです。
つまり本人が望んでか望まずにかにかかわらず、仕事もせず住む場所のない人たちのことを「ルンペン」と言っていたのです。
どこの国の言葉?
ルンペンという単語ですが、これはドイツ語の「Lumpen」で布切れやボロ服を意味する言葉です。
ドイツにおいては単にルンペンと言っても浮浪者を指す言葉ではありません。浮浪者などを指す単語は「Penner」や「Pennburder」が使われています。
つまりルンペンというドイツ語が持つ意味と、その後、日本で使われる意味とでは、雰囲気は伝わるものの、そのままの意味で使われていないことが分かります。
カール・マルクスとルンペンプロレタリアート
カール・マルクスといえば後の社会主義・共産主義革命に大きな影響を与えた「資本論」の著者で、プロイセン王国(後のドイツ)出身の哲学者・思想家・経済学者であり、後年「共産主義者同盟」を結成するなど革命家としての顔も持つ19世紀の人物です。
そのカール・マルクスは革命の原動力は、階級間で生じる社会格差を克服するための闘争だと考え、それはブルジョアジー(資本家階級)とプロレタリアート(労働者階級)の対立と定義しました。
しかし、マルクスの目にはプロレタリアートのなかに「階級意識」をもたず、階級闘争の役に立たないどころか、無階級社会実現(革命)の障害にすらなる層の人間が認識されていました。
そんな人たちをカール・マルクスは「ルンペンプロレタリアート(略してルンプロ)」と呼びました。
ルンプロの定義について
カール・マルクスは1848年の「共産党宣言」や、1852年の「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」において、「ルンペンプロレタリアート」のことを「無産階級や労働者階級の中でも革命意欲を失った極貧層」と定義しています。
考えようによっては失礼かつ差別的な決めつけなのですが、当初マルクスはルンプロのことを「最下層の腐敗物」と位置付け、イメージとしてはジプシー(ヨーロッパの移動民族で差別や取り締まりの対象になっていた)だったようで。
しかし後年には最富裕層である金融ブルジョアジー(マルクスは生産せずに既存の他人の富を誤魔化して金持ちになる人々を極端に嫌っていた)をさし「ブルジョワジーの上層に再生したルンペンプロレタリアート」と定義しています。
つまり最終的にマルクスにとってのルンペンプロレタリアートとは「政治的に変節しやすい」や「犯罪に走りやすい」など、革命の障害となるクズのことを意味する言葉になりました。
日本でのルンペンという言葉
今や死語と言ってもいい「ルンペン」ですが、どのように日本語に取り入れられ広がっていったのでしょうか。
また、ルンペンという言葉にはいろいろな誤解も存在していたようで、そんなことも含めて解説していきます。
この言葉はどのように広まったのか
日本でルンペンという言葉が一般的になっていく経緯ですが、もともとドイツ語で、しかも意味からして「ルンペンプロレタリアート」が語源なので、大衆から広がったというよりカール・マルクスの影響を受けた「プロレタリア文学」から一般化していきました。
大正時代には後に「大正デモクラシー」といわれる自由主義的な機運の高まりのなか、プロレタリア文学も盛んになり、ルンペンプロレタリアートについて文学でも取り上げられるようになっていきました。
そんななか、下村千秋が私娼(無許可の娼婦)や失業者を描いた「天国の記録」「街の浮浪者」でルンペン文学の先駆けとなり、それによって「浮浪者=ルンペン」という定義が大衆へ広がっていったのです。
ルンペンって大阪弁?関西弁?方言?
今ではほとんど使われなくなったルンペンという言葉ですが、聞きなれないが故かルンペンを大阪弁や関西弁、そしてどこかの方言だと勘違いされている方も多いようです。
しかし解説してきたとおり、語源はカール・マルクスのよるルンペンプロレタリアートというドイツ語なので、方言ではありません。
誤解される理由の一つが下村千秋の「街の浮浪者(ルンペン)」が、昭和5年から大坂朝日新聞で連載されていたことも考えられます。
「街の浮浪者」はとても人気があり、翌年には映画にもなりました。
舞台は昭和初期に日本で、震災恐慌からの世界恐慌による大不況に苦しんでいる時代でした。
街には浮浪者があふれていたそうです。
そうした浮浪者たちにスポットを当てて、当時の生活をリアルに描いていました。
放送禁止用語のひとつ?
ルンペンという言葉ですが、そもそも考え出したカール・マルクスが「最下層の腐敗物」と定義したように非常に差別的な概念であり、日本においても「浮浪者=ルンペン」というイメージが定着していたため、放送禁止用語に指定されています。
しかし2018年10月から放送されたNHKの朝ドラ「まんぷく」でルンペンというセリフが使われたことがちょっとした話題になりました。
「まんぷく」はインスタントラーメンの生みの親で日清食品の創業者安藤百福夫妻を描いた作品で、昭和時代前半という時代背景から、当時は一般的に使われていたルンペンという言葉を放送禁止用語でありながら”あえて”使ったのです。
ちなみに日本においては「放送禁止用語」とは放送事業者による自主規制であって、それを規定する法律は存在していません。
放送禁止用語の定義というものはほぼ存在せず、電波法などの法律ともまったく関係ありません。
単なる放送事業者の自主規制の産物であり、視聴者からのクレームによって定められることが多いです。
そのため、視聴者やさまざまな団体から抗議があれば、放送事業者が判断して放送禁止用語が増えていくことになります。
一昔前に使われていた「足切り」「名門校」「後進国」「ブラインドタッチ」なども団体からの抗議によって放送禁止用語となったといわれています。
また、「放送注意用語」「放送自粛用語」などと呼ばれることもあります。
ルンペン帽
ルンペンは放送禁止用語として一般的に使用が避けられています。
しかし、その一方でファッションでは「ルンペン帽」という帽子があります。
ハットのつばの部分が広く波打っているデザインの帽子で、かつては浮浪者や乞食がよくかぶっている帽子というイメージがありました。
名探偵の金田一耕助がかぶっているような帽子というと想像がつきやすいかもしれません。
ルンペンストーブ
石炭や薪を燃料とする二筒式ストーブのことを「ルンペンストーブ」と呼ぶことがありました。
筒がふたつあるのはスペア燃料として使っているためであり、通常はひとつしかつかっていませんでした。
そのため、誰かが働いている一方で、働いていないものがいるという意味合いで「ルンペンストーブ」と呼んだそうです。
ルンペン釣り
「ルンペン釣り」とは、釣りの技法ではなく、釣りをしている人のとなりでおこぼれを期待する行為のことを指します。
何もせずに魚を得ようとする様子をルンペンに見立てたようです。
またルンペンが橋の下に住まいを持つことが多かったために、橋の下で釣りを行うことも「ルンペン釣り」と呼ぶことがありました。
ルンペンにまつわる色々な話
ルンペンという言葉の語源や、それが日本で一般的に使われるようになっていった理由は分かりました。
しかし「差別用語」「放送禁止用語」となってしまう原因である、その言葉が意味する人たちのことを知らなければ、どうして差別的なのか真には理解できません。
そこで、日本におけるルンペン(乞食)について歴史を含めて考えたいと思います。
ルンペンの歴史と生活
今ではルンペンという言葉は使われず、一般的には「ホームレス」という言葉で語られる人々について考えてみましょう。
歴史的に見ていくと乞食と称される人は「社会の落後者」として平安時代以前から存在していました。
いまホームレスと認識されているような人々が多くなるのは、第二次世界大戦の敗戦により家を失った人や戦災孤児によってです。
当時は救済すべき存在というより、ルンペンという言葉に代表される浮浪者・嫌な存在という扱いでした。これは近年まで続き、社会問題として認識されるのは21世紀も近くなってからで、それまでは行政ですら「ルンペンは街の美観を損ね、追い出すべき存在」という認識でいたのです。
しかし現在でもホームレスの問題は解決されておらず、「ネカフェ難民」など新しい形のルンペンも登場しているのが現実です。
ルンペンと山下清
山下清といえば「日本のゴッホ」「裸の大将」などと言われた画家です。
大正11年生まれの山下清は、18歳のとき(昭和15年)当時預けられていた八幡学園を脱走し、途中戻った時期はあったものの、結果的に昭和30年6月まで放浪を繰り返すことになりました。
この時のことは「放浪日記」としてまとめられ、後にそれをもとにテレビドラマ「裸の大将放浪記」が制作されたのですが、そのドラマ中の主人公「清」はルンペンという設定で、放浪者のような生活を送る人は、すなわち「ルンペン」という見方(言い方)がったことが分かります。
山下はおにぎりの施しを受けながら日本中を放浪しておいました。
名誉にも頓着がなかったため、乞食扱いのほうが都合がよかったようです。
ルンペンという言葉で画像を調べると?
一般的にルペンという言葉が使われなくなって久しく、もはや死語とさえいえる言葉となっています。
それを端的に示す例としてネットの画像検索で「ルンペン」を調べると、どことなくコミカルな画像だったり、ルンペンという文字の入った書籍の画像であったりがヒットします。
ところが「ホームレス」で検索すると、リアルな路上生活者の画像で溢れていて、この比較だけでもルンペンという言葉が過去のものになりつつある現状が分かります。
現代のニートとルンペン
カール・マルクスによるルンペンの広義の解釈では「労働者ですらない層の人間」であり、その定義ではホームレスや浮浪者ではないものの、仕事もせず実家に寄生するいわゆる「ニート」もルンペンということになります。
実際に世の中で現在のニートを語るときには、肯定的な評価ではなく、圧倒的に否定的な存在として語られることを考えると、立派(?)な今風ルンペンスタイルの一種と言えるのではないでしょうか。
同じような意味で使われる言葉
日本において差別的な意味合いの強いルンペンという単語ですが、このような差別的表現というには多く存在しています。
ホームレスという言葉は比較的オブラートに包んだような表現です。「浮浪者」「物乞い」「乞食」など、どれもあまり口に出して発言できないような単語です。
中にはルンペンよりも聞きなれない言葉があるもので、「ほいど」「おこも」などという言い方もあり、そのた語源が不明ですが京都市北部では「パイポ」という言葉もルンペンと同義語として使われています。
総括:ルンペンという言葉で考えるべきこと
ルンペンという言葉の意味や歴史をみていくと、差別的表現であるが故に同じような運命をたどっている言葉が多く見つかります。
それは「言葉狩り」といわれている事象で、規制が行き過ぎると正確に問題を把握することが困難になります。
しかし差別的だという理由だけで、単純に目をそらすのではなく、その言葉の持つ意味や語源、そしてその言葉にまつわる歴史を知ることは有益なことであることは忘れてはいけません。
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