金子光伸は永遠に輝く:仮面ライダー・スライダーになるはずだった

『悪魔くん』や『ジャイアントロボ』という今でも語り継がれている名作に出演していた金子光伸さん。

どんな成長を遂げるのか楽しみにしていたファンも多かったはずなのに突然引退して姿を消してしまってからもう52年。

今なにをしているのか、ふと思い出す人も多いはず。

そして検索してみて亡くなっていたことを知りがく然としているファンも多くいるだろう。そんなファンのために金子光伸さんのことを思い出してみたいと思う。

金子光伸

記事の内容

  • 金子光伸のプロフィール
  • 金子光伸の出演作品
    出演映画
    出演ドラマ
  • 少年時代の画像
  • 引退後
    1987年『オールナイトフジ』
    1992年『髑髏戦士ザ・スカルソルジャー/復讐の美学』主演:京本政樹
  • 代表作
    ①悪魔くん
    ②ジャイアントロボ
    金子光伸少年・ユニコーン入隊のいきさつ
    金子光伸少年が泣いた最終話・ロボとの永遠の別れ
  • 金子光伸本人が好きだった話
    宇宙妖怪博士ゲルマ
    謎の諜報員X7
    金子光伸・アメリカ進出!『ジャイアントロボ』
  • 金子光伸の死因は?死亡したのはいつ?
    交通事故で命を落としたのか
    死去をネットで知った人が多い
  • 金子光伸に関する気になる情報
    卒業した大学はどこなのか
    金子光伸と金子吉延に血縁関係はない
  • 仮面ライダー・スライダーになるはずだった
  • ファンサイト『金子光伸くんForever and Ever』
  • 総括

金子光伸のプロフィール

  • 名前:金子光伸(かねこみつのぶ)
  • 生年月日:1957年9月25日
  • 出身地:東京都
  • 引退:1969年

幼稚園の頃、地元の町で劇団員にスカウトされたのが、この芸能界という世界に入ったきっかけのようだ。

幼稚園児だったということは、当然1人で歩いていてスカウトされたわけではないだろう。ご両親もスカウトされたときに承諾すれば芸能界に進むということを理解していたはずである。

スカウトを受け芸能界に進むことは反対しなくても、続けることに反対を示したということは、『悪魔くん』や『ジャイアントロボ』で人気を博してしまった金子光伸少年の将来を考えたとき、不安しか見えなかったのだろうか。

共演者やスタッフたちから可愛がられていた金子光伸少年だったので、続けて芸能界にいて大きくなっても変に天狗になることもなく素直な少年のまま成長していけたのではないかと思う。引退してしまったことはファンならずとも残念な気がする。

金子光伸のプロフィール

金子光伸の出演作品

金子光伸の出演作品

わずか6年という芸能生活なので出演作品数は少ないが、代表作である『悪魔くん』や『ジャイアントロボ』などは今でも懐かしく思い出す人から多く語り継がれている。

昭和の夏休みと言えば、『ジャイアントロボ』の再放送が定番だった。他に『鉄人28号』『ひみつのアッコちゃん』『魔法使いサリー』『仮面の忍者 赤影』などが定番として再放送されていた。

▼鉄人28号

鉄人28号

▼魔法使いサリー

魔法使いサリー

▼ひみつのアッコちゃん

ひみつのアッコちゃん

▼仮面の忍者 赤影

仮面の忍者 赤影

これらの作品はともに横山光輝さんの作品である。

出演映画

  • 1963年『丘は花ざかり』
  • 1964年『俺たちの血が許さない』
  • 1966年『氷点』

出演映画

出演ドラマ

  • 1965年『おかあさん 第2シリーズ第307話「父ちゃんを追っかけろ」
  • 1966年『怪傑黒頭巾』
  • 1966年-1967年『悪魔くん』主演:山田真吾
  • 1967年-1968年『ジャイアントロボ』主演:草間大作
  • 1968年『コメットさん』第51話「ふしぎなふしぎな笹舟」タロー

1968年『風来坊』次郎吉

  • 1968年『風来坊』次郎吉

1969年『迷子の天使』

  • 1969年『迷子の天使』
  • 1969年『無用ノ介』第3話「吹雪が無用ノ介の肩で舞う」石山頼母役

1969年『無用ノ介』

  • 1969年『天と地と』(NHK大河)沼田景義役

少年時代の画像

金子光伸さんの画像といったら残されているのは子役地代のものがほとんどだ。

金子光伸さんの画像

金子光伸さんの画像

金子光伸さんの画像

ジャイアントロボで穂積ペペさんと共演している。

引退後

芸能界に復帰することはなかったが、雑誌の取材やメディアに顔を出していたことがある。

1987年『オールナイトフジ』

これは『オールナイトフジ』の【懐かし何でもリクエスト】というコーナーに出演した金子光伸さん。一般人としての出演だ。

1992年『髑髏戦士ザ・スカルソルジャー/復讐の美学』主演:京本政樹

髑髏戦士ザ・スカルソルジャー/復讐の美学

『悪魔くん』のメフィスト役・潮健児さんが出演していてラスト間際にワンカットだけ一緒に登場している。友情出演としてきちんと金子光伸さんの名前も記載されていた。

代表作① 悪魔くん

悪魔くん

1万年に1人しか生まれないとされている天才少年として生を受けた『悪魔くん』である山田真吾を演じていたのが金子光伸さんである。ファウスト博士に認められこの世の不幸と戦う使命を負うことになった悪魔くんは、悪魔メフィストと契約して妖怪退治を始めたのである。元祖・妖怪退治だ。

【プロデュースした東映の平山亨プロデューサー談】

僕は『悪魔くん』のヒットは、金子光伸くんのお陰だと思っている。もう言いようのないくらいかわいくて、また子供なのに色気があってかわいらしい子だった。

怖いメフィストに向かって命令をするのがまたかわいく、子供の目から見ても親しみがあり、素晴らしい子役だった。

誰の目から見ても、金子光伸くんは『スター』そのものだったね。

【金子光伸くん Foever and Everより】

実は撮影当初、金子光伸少年の舌足らずな話し方が演技が下手だと言われていて、会社の上層部から役者を変えろ!という声が挙がったのだそうだ。ところが平山亨さんはその舌足らずなところが親しみやすくて金子光伸少年の特徴だと思っていたので、「観てくれている子供の気持ちがわかっていないじゃないか!」と生意気にも言い返したという。

滑舌が悪いのは役者としては欠点になるかもしれないが、金子光伸少年には顔の微妙な表情からその表現力が広がっていて演技力として高く評価していたのが平山亨さんだった。

② ジャイアントロボ

ジャイアントロボ

1967年から1968年に全26話で放送されていた『ジャイアントロボ』で主役の草間大作を演じていたのが当時10歳だった天才子役の金子光伸少年だ。10歳にして地球を護るユニコーン機関日本支部に入隊し隊員となっている。

子供なのに大人顔負けの凛々しさで悪に立ち向かっていく姿は、同年代の少女の心をくすぐり、同年代の少年の憧れとなっていた。

金子光伸さんが演じた草間大作のユニコーン機関日本支部の隊員表記が『U7』であり、7という数字が電話番号だったり住所だったり、自分に関わるところにあるだけで自慢できたほど浸透していた。

昔を懐かしむ人も、昔を知らない人も、2021年7月27日から『東映チャンネル』にてジャイアントロボの再放送が始まっているので、気になる人はチェックしてみてはどうだろうか。

東映チャンネル/ジャイアントロボ

【東映チャンネル/ジャイアントロボ】

金子光伸少年・ユニコーン入隊のいきさつ

金子光伸少年・ユニコーン入隊のいきさつ

地球征服を目的とした謎の円盤が地球に密かに飛来し、太平洋上では謎の遭難事件が起きていた。

謎の遭難事件を調査していた国連秘密警察機構・ユニコーン機関日本支部の東支部長(U1)と草間大作少年が乗っていた船が海中から現れた怪獣ダコラーに襲われ沈没。2人とも船の外に投げ出されてしまい、運よく近くの島に漂着する。

ところがその島は悪の組織『ビッグファイア団(BF団)』の秘密基地で捕まってしまった2人はなんとか逃げ出そうとしているときに、基地内で地球征服のために作られたというジャイアントロボを発見する。

そのジャイアントロボを造らされていたガルチュア博士が、悪に使われる前にジャイアントロボを破壊しようと時限爆弾を仕掛けるのだが、BF団に見つかり絶命してしまう。そのすきに2人は無事基地の外に脱出し、直後基地は大爆発で吹っ飛ぶのだがその基地のあとにはあのジャイアントロボが立っていたのだった。

ジャイアントロボを動かすための操縦機は腕時計型のもので、ガルチュア博士が亡くなる前に大作少年に託していて、爆発により電子頭脳が動き出していたジャイアントロボに大作少年が声をかけるとその声を記録しジャイアントロボが動き出してしまった。

ジャイアントロボ

悪の元で使われることはなくなったが、大作少年の声にしか反応しなくなってしまったジャイアントロボを活用するため、大作少年は『U7』としてユニコーン機関の最年少隊員となったのである。

金子光伸少年が泣いた最終話・ロボとの永遠の別れ

金子光伸少年が泣いた最終話・ロボとの永遠の別れ

敵対するギロチン帝王との最後の決戦の時。

大作たちユニコーンは壮絶な闘いを制し、BF団も怪獣を倒し迫ってくるロボに降参し投降してきたが、ギロチン帝王がついに巨大化したその時、ロボが動かなくなってしまう。

ギロチン帝王

大作が命令するも原子力エネルギーが尽きてしまったのだ。

形勢逆転で近づいてくるギロチン帝王に補助エネルギーを起動させ攻撃をしかけるロボ。だがギロチン帝王は原子力エネルギーの塊で攻撃を続けたら地球自体が危険な状態になってしまうため、攻撃中止を命令する大作。

しかしロボは大作の命令を無視し、ギロチン帝王を羽交い絞めにしてそのまま空へと向かい隕石に激突しギロチン帝王の大爆発とともに自らの命を地球のために、そして大作のために犠牲にしたのだった。

ギロチン帝王の大爆発

ユニコーンの隊員たち

大爆発の光の帯に敬礼するユニコーンの隊員たちの目にジャイアントロボの最期の雄姿が映っていた。

捕らえられた仲間を人質にジャイアントロボにユニコーン日本支部を壊すように命令するように言われた大作少年は「いめいれなくき」という暗号のようなものを口にした後でジャイアントロボに「ロボ、ユニコーン支部を破壊するんだ」と命令した回もある。

「いめ いれ なくき」

入れ替えると

「めい れい きくな」となる。

その言葉をちゃんと理解し、破壊することなくじっと動かないでいた優秀なジャイアントロボなのだ。

金子光伸本人が好きだった話

宇宙妖怪博士ゲルマ

宇宙妖怪博士ゲルマ

謎の諜報員X7

謎の諜報員X7

金子光伸・アメリカ進出!『ジャイアントロボ』

金子光伸・アメリカ進出!『ジャイアントロボ』

日本での放送が終了した1年後、アメリカでも英語吹替版は放映され子供たちの人気を得た。オーストラリア、イギリス、ブラジル、インドでも放映されている。

金子光伸の死因は?死亡したのはいつ?

1997年6月11日、39歳という若さでこの世を去ってしまった金子光伸さん。この時はすでに芸能界を引退していたため、ご家族から公表されることはなく葬儀が行われていた。

交通事故で命を落としたのか

「交通事故で亡くなった」「練馬区にある東映東京撮影所(通称:大泉撮影所)近くで事故にあった」という記述は見かけるが、それが自身が起こした事故なのか、被害にあっての事故なのか、はたまた単なる噂なのか、詳細に記述されたものはなにもないので確定することはできなかった。

ご家族から直接の死因の公表がない以上、推測の域は出ないだろう。

『あの人に会いたい』という類の番組から金子光伸さんに連絡を取りたい、と言われた平山亨さんが連絡先を教えたところ、1年前に亡くなられていたという事実を教えられたのだそうだ。その後、父親からも連絡をもらい、母親に連絡をしたら電話口で泣かれてしまって会話にならなかったという。その後、タイミングをみて平山亨さんサイドから金子光伸さんの死が公表されている。

死去をネットで知った人が多い

『まいり』

『まいり』

ここに金子光伸さんを偲ぶページがあって、生前の金子光伸さんを偲び訪れた人がお悔やみを述べ、当時の想い出を語ったりしている。

私が、10代後半か20代前半のころ、アルバイト先(GS)でお知り合いになりました。金子さんが子役時代の事を知り、悪魔くんやジャイアントロボをレンタルビデオで!見まくり、その事を話したら、ニコニコしながら当時の事を話してくれました。

その後サプライズで、メフィストの潮健児さんに会わして下さった事、今でも鮮明に覚えています。

金子さんありがとうございました。ようやくお礼が、できました。

このコメントからもわかるが、引退後も共演した方々との交流は続いていたのだろう。潮健児さんが金子光伸さんを可愛がっていたというコメントも見られた。

大好きでした😭ブラウン管の向こうのあなたは当時小学生だった私の初恋の人でした💕

歳を重ねた今でも少年の姿のままのあなたが恋しいです😢 ジャイアントロボ最終回は大泣きしました。もう二度と大作くんを見られない悲しみが大きくて最終回の内容も悲しかったけれど それ以上に会えない見れない辛さで失恋の悲しさも知りました。

時を経てスマホで検索するといつでも姿が見られる時代になって嬉しいけれど、すでに亡くなってたなんて💧
ご冥福をお祈りいたします。生まれ変わったら会えますように‼️

金子光伸さんが演じていた悪魔くんや大作少年が初恋だったと語る女性の多いことに驚かされる。

まだ昭和40年代の少女がテレビに出ていた金子光伸少年を初恋の人として見つめていたなんて、その姿を想像するとなんともほのぼのとしてくる。

平成・令和の時代にアイドルにときめき、キャーキャーと近づいていける追っかけ少女とは違うのだ。

金子光伸に関する気になる情報

芸能界を引退し、39歳の若さでこの世を去ってしまった金子光伸さん。亡くなってから20年以上もたつがまだ金子光伸さんに関する情報を知りたい人がたくさんいる。

卒業した大学はどこなのか

卒業した大学はどこなのか

引退して13年ぶりに受けたという雑誌の取材は24歳のときだった。その取材の中で金子光伸さんの口からはっきりと大学生であることが告げられていた。ストレートに進学していれば大学院生だろうか。2浪してからの大学生ということも考えられる。いずれにせよ、偏差値の高い大学なのは間違いないのではないだろうか。

ただ、どこの大学に進学したのかまではわからなかった。

金子光伸と金子吉延に血縁関係はない

金子光伸さんが子役で活躍していたのと同時期に金子吉延さんも子役として活躍していた。

『仮面の忍者 赤影』の青影役では「だいじょうぶ」というポーズが人気で何かあるとこのポーズを使って応える少年がたくさんいた。

同じ金子だったため血縁関係にあると思っていた人も多くいたようで、「お兄さんにもよろしく」というファンレターが来たこともあったとか。いや、金子吉延さんは1955年6月28日生まれなので金子光伸さんより2歳上なので、金子光伸さんよりお兄さんなのだが。

たしかに金子吉延さんはぽっちゃりとしたかわいい少年で、役柄もお茶目な役だったので国を護るために働いていた金子光伸さんと比べてみるとやんちゃな弟に見えたのかもしれない。

同時期の人気子役同士ではあったが、金子吉延さんは「1度しか会ったことがない」と言っている。それだけ多忙の2人だったということだろうか。

仮面ライダー・スライダーになるはずだった

仮面ライダー・スライダーになるはずだった

芸能界を引退後、大学を卒業し普通に旅行代理店に就職していた金子光伸さんに声をかけたのが東映プロデューサーの平山亨さんだった。

1979年、特撮作品が再ブームとなっていて初代仮面ライダーのスタッフを集め制作が進められていた作品で、平山亨さん自ら芸能界を去って10年たっている金子光伸さん本人に依頼している。金子光伸さん本人はやりたい意志があったもののすでに就職している状態で父親を説得することができず断念せざるを得なかった。

主役は一般公開オーディションで当時新人だった村上弘明さんが3786人の中から選ばれている。

金子光伸さんは役者復帰を望んでいたようで、交流のあった俳優・潮健児さんを通じて役者をやりたい、という話が平山亨さんに届いていた。

子役時代から金子光伸さんの才能をかっていた平山亨さんなので、『仮面ライダーZX』という1回だけの特番への主役をすすめたという。その要望に喜んでいた金子光伸さんだったが最終的に俳優という職業は先が見えない長く続けられるものではない、という父親の反対を押し切ることができず、1982年『仮面ライダーZX』の主役・村雨良役を断念せざるを得なかった。

この時、父親を説得することができていたなら金子光伸さんには違った人生が開けていたはずである。

この時、平山亨さんにコンタクトを取っていた潮健児さんは1993年9月19日に亡くなっているのだが、容体が悪化したとき入院先を見舞っていたのが金子光伸さんで、ご家族が間に合わない中、金子光伸さんが潮健児さんの手を握りしめその最期を看取ったそうだ。

ファンサイト『金子光伸くんForever and Ever』

ファンサイト『金子光伸くんForever and Ever』

金子光伸くんForever and Ever

今から50年以上も昔、少年だった金子光信さんに恋をしていた少女がたくさんいた。昭和40年前後、みな口をそろえて初恋だったという。

そんな人気者だった金子光伸少年が12歳で引退後、何をしているのか考えるまもなく成長していった少女がふと昔を懐かしみ思い出すのが金子光伸少年の現在の様子。

そんなファンが金子光伸さんが39歳でこの世を去ってしまったことを知った時、きっとこのサイトを訪れることで心が癒されることだろう。

総括:金子光伸は永遠に……

小さい頃、同年代でテレビなどで活躍している役者さんはまぶしかった。特に昭和の時代は芸能人は手の届かない世界にいる人種だった。

ましてや金子光伸さんのような正義の味方ともなれば男女問わず憧れる存在だっただろう。そんな金子光伸さんが早逝されたのは残念でならない。

親よりも先に逝くという親不孝な結果になってしまったけれど、ご両親はこんなにも早くこの世を去らなければならないのだったら、好きなことをやらせてあげればよかった、と後悔しているのではないだろうか。

もし交通事故という噂が本当だったとしたら、芸能界に復帰していたらその時刻、その場所にいることもなかっただろう。たられば論ではあるが。

これからも金子光伸さんの雄姿は映像の中で輝き続け、多くのファンを癒し多くのファンが応援し続けることだろう。

 

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